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「鏡の影」/佐藤亜紀(講談社文庫)

【書評】

「鏡の影」(講談社文庫)

 作者:ソルジェニーツィン
 出版社:講談社
 発売日:2009/9/15


『大河小説の要件』

 大河ドラマといったらNHKで、自分がよくおぼえているのは《伊達政宗》であります。オープニングでは恰好いい音楽にあわせ正宗が采を振るシーンがあって、よく真似をしておりました。あるときからめっきりテレビをみなくなってしまったため、ほかのシリーズにあまり記憶がないのだが、NHKの大河ドラマは、とにかく恰好いいN響のオープニング・テーマ、そういうイメージがあります。今年(平成28年)は《真田丸》が話題で、久しぶりに時どきみてみると真田昌幸の造形がよい感じで、草刈正雄、というひとがすきになりました。

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 大河小説の要件は、以下となります。

(A)オーケストラがよく似合う。歌である。
(B)いろいろなひとが出てきて、それぞれの人間性がパラレルに表現される。
(C)「大地」「家族」「時代」といった、通低する観念的な舞台、主人公が存在する。

 北杜夫の《輝ける碧き空の下で》とか、そういう小説のことでありますが、これは小説の長さにかかわらず、私小説的傾向のつよい日本文学では比較的例のすくないものかとおもっております。そうしたなか、上記の要件でいうと佐藤亜紀の小説はその多くが大河小説である。そのなかでも、この《鏡の影》は、まるでドイツかロシアの小説のようなスケール、風格をそなえております。

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 それはたとえば、フランスの小説に出てくるような登場人物が、ドイツの小説に息づくような堅固な主題のなかで、ロシアの小説のように饒舌にかたられる、少女漫画ずきな日本人女性の手になる「大河小説」といった様相であります。
作者がじっさい少女漫画ずきであるかは知らないが、デビュー作《バルタザールの遍歴》は、上記のたとえでいうとまだまだ少女漫画ずきな日本人女性である灰汁がつよく出ており、歌になっていない。ただ、「私の筆跡にやや乱れが見えるとしたら、それはバルタザールが左手で飲み、私が右手で書いているからだ」といったフレーズがとても恰好いいだけで、その恰好よさがだんだん鼻につく、そうした衒学趣味のわるい部分が読者へ共鳴し、みえかくれしておりました。その後、続作をよみすすめるにつれ、衒学趣味はそのままに、にもかかわらず、だんだん歌になっていくような、そういうじつに特異な変遷を遂げてきた作家がこの作者であるとおもっております。

 本書は、田舎の神童が成長するにつれ徐々にその凡庸さをあきらかにしつつ、いつの間にかその凡庸さが天才性を帯びてきながら無自覚と自覚との混淆するさなかに一世一代の勝負を演じる、そういったあらすじであります。こうかくと、ちょっと《真田丸》の真田昌幸みたいだが、《鏡の影》の主人公は昌幸ほど情熱的ではない。

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