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「秋の牢獄」/恒川光太郎 :角川文庫

【書評】

「秋の牢獄」

 作者:恒川 光太郎
 出版社:角川書店
 発売日:2007/5/1



『なつかしいおもい』

昨日はあさから雪がふりました。十一月の積雪は、東京では五十四年ぶりということであって、ふだんサラリーマンで混雑するせまい駅のホームも、せわしなくもどことなくのどかな感じがいたしました。
東京から甲府、長野までいく長い通勤列車、中央線にのっていて、車窓は関東平野の広い家並みでありますが、それがいちめんに白くこごえておりました。たしか小学生のころか、中学生でスキー学校にいったときのことか、高校生ではじめて一人旅をしたときか、かつてたしかにみたことのある光景にみえました。

最初の作品集《夜市》をよんだとき、すきでもきらいでもなかったけれど、すこし気負ったような文章がちょっと鼻につくとそういうふうな読後感でありました。そのあと、《雷の季節の終わりに》《秋の牢獄》と出るたびよんできて、ふしぎにすきになりました。
世界観、ということになるのだろうけれど、子供のころ夏休みにおとずれた遠方の、古くてだだっ広いおばあちゃんの家のような、そういうなつかしさが小説の基調低音として鳴っておりくせになります。世界から切れてしまったとくべつな場所、秘密基地というほどひそやかではないが、小さいとき触れたSF漫画のような、すこしつめたい断絶、距離感。この距離感が、一定の潔さのような気品、劇的な性質を帯びてくると、スタイルは真逆のようであるけれど、もしかしたら藤沢周平のような達人に似てくるのではとそういう片鱗をのぞかせる短篇小説集であります。
なお、今回の書評にあたり数年ぶりに再読したが記憶にあるより平坦で、それでも、はじめてよんだとき受けたつよい感傷がわすれられず、取り上げておきます。その感傷は、眼路のかぎり胸いっぱいの旅愁をひびかせる、バーバーのバイオリン・コンチェルトみたいに切羽つまっておもいだされます。ある晩秋にちかい、秋のいちにちからかえってこられなくなってしまった女性のお話しです。

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