【書評】
作者:梨木 香歩
出版社:角川書店
発売日:2007/5/1
『青春のうつくしいおもいで』
学生のころ、映画ずきな友人にすきなタイトルを問われ、「ビルマの竪琴」とこたえて鼻で嗤われたことがあります。自分がみたのは中井貴一主演するカラー版で、カラー版であったら、まだ白黒のほうが評価されており、せめてそのようにこたえるべきである、とはいえ、いずれにせよその回答はともすると人にあなどられる結果を招くのだから、止したほうがよい、そういうことでありました。
こだわりがあるわけではないが、あまり映画をみずこれまできたため、それから幾人かの友だちや、実母から、小津安二郎がきっとすきだからみなさいといわれ、《東京物語》をみておもわず涙をながしたことがあります。梨木香歩の《村田エフェンディ滞土録》は、《ビルマの竪琴》とか《東京物語》といった、たとえばそういったたぐいの静謐な感動につつまれた物語であります。
本屋でこの作家の本の背表紙をながめたとき、筆名や書名から少女小説の気配を感じとるのだが、実態は比較的硬派な女流文学であります。また、女流文学のなかでも、小説という中性的な表現を芯にそなえた品のよいほうで、たとえば尾崎翠、林芙美子、武田百合子、久坂葉子、岩阪恵子、佐藤亜紀、青山七恵等々といった作家がすきな方なら、きっと気に入るのではとおもっております。
明治時代の日本人留学生が、キリスト教徒のイギリス人、ドイツ人、正教徒のギリシャ人、回教徒のトルコ人と下宿する顛末記で、「友だち」とか、「家族」とか、「歴史」といった言葉のイメージへまるでせつなさを塗りこむような展開がとても印象的な、場末のバーでシャンソンでもきいているような青春小説であります。学生時代へうつくしい記憶をもつ方におすすめです。